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宇都宮地方裁判所 昭和59年(行ウ)2号 判決 1985年12月19日

原告 岩崎幸弘

右訴訟代理人弁護士 田中徹歩

同 佐藤秀夫

同 一木明

被告 葛生町長 石澤一彦

右訴訟代理人弁護士 澤田利夫

主文

被告が、訴外吉澤俊夫に対し、昭和五八年二月二三日付でなした昭和五五年度分の町民税のうち金一二三万五三五〇円を免除する旨の決定はこれを取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

(原告)

主文と同旨

(被告)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

(請求の原因)

一  原告は栃木県安蘇郡葛生町(以下「葛生町」という。)の住民であり、被告は昭和五四年二月から葛生町長の職にあって、町民税の賦課徴収の事務を担任しているものである。

二  被告は、昭和五八年二月二三日葛生町の住民である訴外吉澤俊夫に対し、同人の昭和五五年度分の町民税のうち、同人が昭和五四年二月一七日葛生町に自己所有の同町中央東一丁目字四十八願所在の土地(以下「本件土地」という。)を売却したことに伴なって発生した金一二三万五三五〇円の町民税を、葛生町条例五一条一項五号により、免除する決定をした。

三1  ところで、地方税法三二三条本文には、市町村長が、天災その他特別の事情がある場合において市町村民税の減免を必要とすると認める者、貧困に因り生活のため公私の扶助を受ける者その他特別の事情がある者に限って、当該市町村の条例の定めるところにより、市町村民税を減免することができるとされており、これを受けて、葛生町では葛生町税条例を定め、その五一条一項には次のように規定されている。

町長は、左の各号の一に該当する者のうち、町長において必要があると認めるものに対し、町民税を減免する。

一 生活保護法の規定による保護を受ける者

二 当該年において、所得が皆無となったため生活が著しく困難となった者またはこれに準ずると認められる者

三 学生及び生徒

四  民法第三十四条の公益法人

五  前各号に掲げるもののほか、特別の事由がある者

2 右地方税法三二三条及び葛生町税条例五一条一項が、天災、貧困、学生・生徒などといったものを減免の理由にしていることからして、前掲地方税法三二三条及び葛生町税条例五一条一項五号にいう「特別の事情(事由)がある者」とは、これら天災、貧困、学生・生徒に類する特別の事情があって、その担税力が著しく減少した者を意味するものと解すべきである。

もともと、市町村内に住所を有する個人に課せられる市町村民税のうち所得割の部分は、応能的に税負担を求めようとする法の意思のあらわれであるが、所得割の課税にあたっては所得税の場合と同じ方式で計算された金額に税率を乗ずることになっている。この考え方は納税義務者の担税力に注目し、個々的に考慮しようというものであり、市町村民税のうち所得割に関しては、担税力が基本となっていることは制度上明らかである。しかるに、本件減免措置はそもそも葛生町の都合と判断の誤まりによって生じた問題であって、担税力とは全く無関係であり、公益上の減免の必要性も全くない。

してみると、吉澤俊夫は担税力を十分に有する者であるから、被告が葛生町税条例五一条一項各号に定める要件に何ら該当しないにもかかわらず、吉澤俊夫に対する昭和五五年度分の町民税のうち金一二三万五三五〇円を免除した決定は違法である。

四  なお、葛生町は、同町の第一水源地拡張用地として吉澤俊夫から本件土地を取得したのであるが、そのころ、第二水源地の水量が豊富なこともあって水源地を拡張したり新らたに設置したりする必要性も緊急性も全くなかったのである。それにもかかわらず、あえて本件土地を水源地用地と称して取得して、実際にはその目的に供するための具体的計画も工事もしないで、取得直後ころに、本件土地を宅地造成用地として分譲する計画を起こしたということは、そもそも当初から本件土地の取得が宅地分譲用地として使用する目的にあったからである。

仮に、本件土地取得の目的が、被告の主張するように水源地拡張用であったとしても、その目的を変更したのは葛生町が方針を変えたからであって、このことで生じた問題を町長が減免措置を講じることによって解決しようとするのは誤った措置であり、他の手段により解決されるべき問題である。

五  そこで、原告は、昭和五九年二月二〇日葛生町監査委員に対し、被告が吉澤俊夫に対して行った前記免除措置は違法であるとして、地方自治法二四二条に基づき監査請求をし、監査委員は同年四月四日原告に対し、右請求は理由がない旨の監査結果を書面で通知した。

六  よって、原告は、地方自治法二四二条の二第一項二号に基づき、被告がした右違法な町民税一部免除決定の取消しを求める。

(答弁)

一  請求原因事実の認否

1 一、二の項は認める。

2 三の項1は認める。2は争う。

3 四の項は否認する。

4 五の項は認める。

二  被告の主張

1 本件土地取得の経緯について

(一) 吉澤俊夫は、本件土地をもと所有していたものであるが、葛生町の上水道事業は、昭和一四年六月から開始され、以来昭和三三年に第一次施設の拡張を行ない、更に昭和四四年に第二次拡張工事が完成し、現在に至っているが、第一水源地は敷地面積として町有地四七〇四平方メートルのほかに借地五六一平方メートル合計五二六五平方メートルあり、この敷地は創設当時から現在まで四〇年間拡張されず、現有敷地内から効率的に地下水を取水して年々増加する水の需要に応えてきたが、最近における地下水の低下等に伴ない施設の拡張の必要性が増し、更にこの地域が市街化区域にあたるため今後ますます宅地化が進むものと思われるので、葛生町は水源地の環境の保全と施設拡張用地として従来の水源地に隣接する本件土地四九六三平方メートル(借地五六一平方メートルを含む。)を右吉澤俊夫から買収して、施設の拡張や水源地周辺の環境の保全を期することとした。

(二) ところで、右土地売買については、本件土地が水源地拡張用地目的等共同利用施設のための土地取得で、かつこれをその事業の用に供した場合には租税特別措置法及び同法施行規則に基づき、これを譲渡した者はその売買代金のうちから金三〇〇〇万円が特別控除されることになっている。それ故、葛生町は昭和五四年一月二六日に本件土地を共同利用施設のための水源地拡張用地取得目的を前提として佐野税務署長と事前協議を経て、右租税特別措置法の適用につき、その了解を得た。その結果、葛生町と吉澤俊夫との間で同年二月一七日に本件土地を葛生町公共用地(水源地拡張用地)として金六四二三万五六〇〇円で売買契約を締結し、同日その一割に相当する金六四二万円を内金として支払い、同年三月葛生町定例議会において、右予算が債務負担行為として議決されたので、同年五月三〇日右売買代金残金五七八一万五六〇〇円を支払い、葛生町は本件土地の所有権取得登記を得た。そして、右吉澤俊夫は葛生町と佐野税務署長との事前協議の結果に基づき、前記租税特別措置法の適用を受け、右売買代金のうちから金三〇〇〇万円を控除した残額を基準として算出した国税を納付した。

2 用途変更について

ところが、葛生町議会や同町町民は、従来から同町の過疎化防止の一環事業として、宅地造成事業を実現させたいとの要望が強く、数年前からその予算化をはかり、宅地造成予定地については町内全域を対象として候補地を検討してきたが、宅地造成予定地の取得は困難な状態にあった。それ故、毎年宅地造成特別会計を設けて予算化しても、実際にはその実現ができなかったのである。しかも、それは何れも宅地用地の取得が不可能なことがその理由であったため、偶々昭和五四年に売買契約が成立した本件土地につき、水源地拡張用地として取得した土地ではあったが、本件土地が場所的に葛生駅に近く、交通の便はもとより生活の便宜上極めて宅地に適した土地であったため地元では非常に関心が強くなり、遂には町議会や町民からも本件土地を宅地造成のうえ、町民に譲渡するよう強い要望が出るようになり、更に本件土地の取得の際の借入金の金利負担の早期解消のためにも急拠用途を変更し、宅地造成して一般町民に売り出すことの案が出され、その結果、昭和五六年三月の定例議会の議決により本件土地を水源地拡張用地から宅地造成化することに用途変更されて予算化、実行され、現在は既に一般町民に分譲されている。

3 免除決定について

(一) ところで、右用途変更は、本件土地の売主である吉澤俊夫には全く関係のない葛生町議会と一般町民の要望によって一方的に変更決定されたものである。そのため右用途変更については吉澤俊夫が全くあずかり知らぬところであったが、佐野税務署の知るところとなり、譲渡人である吉澤俊夫に前記租税特別措置法の特別控除は認められないこととなり、同人には思いもかけず国税、地方税等多額の租税が賦課されることとなったのである。驚いた吉澤俊夫が葛生町と折衝し、また、葛生町が佐野税務署と話合いをしたうえ、吉澤俊夫は、右用途変更の結果売買代金のうちから特別控除額金一五〇〇万円を控除した残額を基準として算出した国税と、当初の特別控除額金三〇〇〇万円を控除した残額を基準として算出した国税との差額を修正申告し、国税を納付することとなったのである。

(二) 右の事情からして、吉澤俊夫の全く関知しない本件土地を用途変更する旨の町議会の議決をなしたことによって、同人が右追加納付した国税全額を同人に負担させる結果となったもので、これは同人には全く責任のない事由に基づくものであり、更にまた、これに引き続き賦課される町民税についてもその全額を同人に負担させることは著しく信義に反すると判断されたので、同人から葛生町に減免申請が出されたのを機として被告はこれを認め、地方税法三二三条及び葛生町税条例五一条一項に定ある「特別の事情(事由)がある者」に該当するとして、町民税の追加分金一二三万五三五〇円についてはこれを免除した。

(三) 右地方税法三二三条及び葛生町税条例五一条一項には担税力の不存在又は薄弱の場合のほかに、更に「特別の事情(事由)がある者」に対しては町民税が免除することができるように規定されている。そして、右「特別の事情(事由)がある者」の中には公益上必要があると認められる者も含まれると解すべきであって、本件の場合のように売買契約締結後において、前土地所有者である吉澤俊夫の全く知らない間に葛生町のみの事情により用途変更が行われた結果、同人に予想外の多額の国税及び町民税等の修正申告を余儀なくされた場合も、当然これに該当するものというべきである。それ故、同人と町との協議の末、国税については同人が負担し、町民税については免除の措置をとったものであること並びに被告が町議会や町民の要望に基づき、葛生町の過疎化防止の一環事業として本件土地を巳むなく用途変更して宅地造成した結果として町及び町民の受け得た多大の利益、町行政上過疎化防止に大きく貢献した公益性をも考慮するとき、同人に対し、国税のほか更に町民税についてまで多額の追徴をすることは、公正であるべき租税負担の原則にも悖るものであって、まさに町民税の免除を相当とする公益性があったものというべきである。

本件の場合、まさに吉澤俊夫は右地方税法三二三条及び葛生町税条例五一条一項に定める「特別の事情(事由)がある者」に該当するものであり、被告の吉澤俊夫に対してした町民税一部免除決定は適法である。

(被告の主張事実に対する認否)

1(一)  被告の主張1(一)のうち、吉澤俊夫が本件土地をもと所有していたこと、第一水源地は敷地面積として町有地四七〇四平方メートルのほかに借地五六一平方メートル合計五二六五平方メートルあることは認めるが、その余は知らない。

(二) 同1(二)は認める。

2  同2のうち、過疎化対策として宅地造成事業をすることについての要望があったこと、本件土地が葛生駅に近く宅地に適した土地であること、町議会の議決により宅地造成化に用途変更がなされ、その後分譲されたことは認めるが、その余は知らない。

3(一)  同3(一)のうち、佐野税務署がいったんは特別控除を認めず賦課決定をしたこと、その後同署が特別控除額金一五〇〇万円を基準とする修正申告に応じたことは認めるが、その余は知らない。

(二) 同3(二)のうち、被告が本件町民税追加分の免除をしたことは認めるが、その余は知らない。

(三) 同3(三)は争う。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求原因一、二、三1の事実、被告の主張1(一)の事実のうち、吉澤俊夫が本件土地をもと所有していたこと、第一水源地は敷地面積として町有地四七〇四平方メートルのほかに借地五六一平方メートル合計五二六五平方メートルあること、同1(二)の事実、同2の事実のうち、過疎化対策として宅地造成事業をすることについての要望があったこと、本件土地が葛生駅に近く宅地に適した土地であること、町議会の議決により宅地造成化に用途変更がされその後分譲されたこと、同3(一)の事実のうち、佐野税務署がいったんは特別控除を認めず賦課決定をしたこと、その後同署が特別控除額金一五〇〇万円を基準とする修正申告に応じたこと、同3(二)の事実のうち、被告が本件町民税追加分の免除をしたこと、以上の各事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、右争いのない各事実並びに《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

1  吉澤俊夫は、昭和五四年初めころ本件土地(四九六三平方メートル)を所有していたものであるが、葛生町は上水道の水源地を拡張するため第一水源地に隣接する本件土地の買収にのり出し、同年二月一七日右吉澤俊夫との間において、本件土地を代金六四二三万五六〇〇円で買い受ける旨の売買契約を締結した。

2  葛生町は、右売買契約締結に先だち、佐野税務署長との間において、水源地拡張用地取得という目的で町民の土地を買い受けるにつき、租税特別措置法の適用があるか否かについて事前協議をなしたところ、本件土地の買収は共同利用施設のためのもので、かつこれをその事業の用に供する場合であるという理由で、租税特別措置法三三条の四に基づきその売買代金による譲渡所得につき金三〇〇〇万円の特別控除がなされることになった。その結果、吉澤俊夫は前記売買代金を受領後、そのうちから金三〇〇〇万円を控除した残額を基準として算出した国税及び町県民税を納付した。

3  他方、葛生町においては過疎化防止のための事業として数年前から宅地造成の計画があり、過去に数か所につき用地買収の交渉をしたが、実現に至らなかったところ、前記1の買収がなされたことにより、町議会や町民から本件土地を過疎化対策のために宅地化するよう要望があり、昭和五四年ころの建設常任委員会においても、住宅用地として他に交渉しても買収できないなら、水源地拡張用地として買収した本件土地を宅地造成地に変更するよう要請があった。そして、被告は昭和五四年暮に本件土地を水源地拡張用地から宅地造成地に用途変更する決定をなし、昭和五五年三月一九日の定例議会においてその旨の議決がなされたが、吉澤俊夫は、右用途変更につき一切知らされていなかった。

4  ところが、佐野税務署が、担当官の事後調査の結果、右用途変更を知り、葛生町を通して吉澤俊夫に対し、前記租税特別措置法三三条の四の金三〇〇〇万円の特別控除は認められないとして、国税、地方税等多額の租税が賦課されることになったので、驚いた吉澤俊夫は葛生町と折衝し、葛生町は佐野税務署と話し合った結果、右売買代金から租税特別措置法三四条の二の特別控除額金一五〇〇万円を控除した残額を基準として算出した国税と、前記金三〇〇〇万円を控除した残額を基準として算出した国税との差額を修正申告して、国税を納付することになった。更に、吉澤俊夫は葛生町と折衝した結果、右差額の国税を吉澤俊夫が負担し、これに引き続き賦課される町民税は、被告が吉澤俊夫の減免の申請を認めて、昭和五八年二月二三日葛生町税条例五一条一項五号により、昭和五五年度分の町民税のうち右追加分相当の金一二三万五三五〇円を免除する決定をした。

以上の事実が認められ、この認定を覆えすに足る証拠はない。

三  ところで、地方税法三二三条及び葛生町税条例五一条一項五号の「特別の事情(事由)がある者」とは、前年に所得があった者でも、失業、退職等により当該年の所得が皆無又は減少したため生活が著しく困難となった者等、主として客観的に担税力を著しく喪失した者をいうが、「減免することが公益上必要であると認められる者」も含まれると解するのが相当である。しかし、この公益上必要な場合とは、単なる当事者間の公平という観点からではなく、他の一般納税者との関係における租税負担の公平の観点からみても、当該具体的事案につき、減免を相当とする程度の強い公益性、公共性があるものに限って減免を行うものと解すべきである。

以上の見地から本件をみるに、前記認定の事実によれば、葛生町の本件用途変更は吉澤俊夫の全く関与、関知せざるところでなされ、そのため国税、地方税等が賦課されることになったものであり、吉澤俊夫にとっては不測の税負担である。従って、新たに賦課された国税の他に自ら用途変更した葛生町が町民税を賦課することは当事者間においては公平を欠く面もないではない。しかし、そもそも分譲住宅のための宅地造成地買収は過疎対策としての公益性はあるにしても、宅地造成は究極において個々の町民(本件では一三世帯)に分譲し、いわば個人に便益を供与することを目的とするものであり、多数の町民一般に継続的に便益を供与するという上水道の水源地拡張用地などと比較してその公益性に格段の差があって、他の一般納税者との関係における租税負担公平の観点からみて、町民税の減免を相当とする程の強い公益性、公共性を認めることは到底できない。しかも、他に特段の事由もない本件の場合に、本来租税特別措置法に基づき金三〇〇〇万円の特別控除の適用が受けられないのに、たとえ地方税だけにしても右適用を受けられたのと同様の結果となる免除決定をすることは、前記事情を勘案しても他の納税者との関係において、かえって納税者間に租税負担の不公平を招来することになるから、吉澤俊夫は、地方税法三二三条及び葛生町税条例五一条一項五号の「特別の事情(事由)のある者」に該当しないというほかはなく、その他同条例五一条一項一号ないし四号に定める要件にも該当しない。従って、地方税法三二三条及び葛生町税条例五一条に基づかない本件町民税一部免除決定処分は違法である。

四  よって、本件処分の取消しを求める原告の本訴請求は理由があるからこれを正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野澤明 裁判官 山田公一 酒井正史)

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